2025年4月24日木曜日

ドロップアウトのえらい人

 

昼の生活を飛び出した事があった。

なんとなく違和感となんとなく他の居場所があるんじゃないかというなんとなくで。

ワクワクしてたかというと、それだけではなくて

夜の生活が始まったせいか暗さの方が断然勝っていたと思う。

そんな時読んだ

ドロップアウトのえらい人。

偶然にもその中に登場するBar AMRTAで

バイトをしていたのがその頃の私。

ドロップアウトのえらい人に出てくる登場人物がそこには夜な夜な集まっていて それはとても刺激的で学びの大きな時間でした。

森永博史さんもAMRTAの常連さんで

私は光栄な事に一度ギャラリーに連れて行って頂いた事があった。その後AMRTAを離れてからお会いする事はありませんでしたが

エネルギー溢れる時代と魅力的な人物が登場するこの本からはたくさん影響と勇気をいただいてます。ありがとうございます。

ご冥福をお祈りいたします。





2024年7月28日日曜日

隅田川花火大会 2024

 雨に響く愛の讃歌の残像が残る朝

朦朧とする頭で

祭りの準備をしていると

こちらも雨の匂いが。

自然の脅威と儚さに

不安と悲しみが込み上げる。

だけどその儚さの強さを信じたい一心で

悲しみには目もくれず

浴衣を整える。


そして奇跡は起きた!

壮大な芸術の大きなうねりが舞いあがった。

なんて強くてしなやかな。

芸術/ART 言葉はどちらか適切か

わからないけれど

信じているその存在の

壮大さを感じる二晩だった。


こんな壮大な舞台が

巻き起こる地球に生きる奇跡


がんばる私!


2022年3月22日火曜日

KITTE

 2022年宇宙元旦と言われているこの日は

とても贅沢な時間と共に始まることになりました。

今わたしが所属しているwasabiの平山みさとさん

からお誘い頂いてKITTEにライブペイントを見に行く事になっていたこの日、

その前には次のお仕事のモデルさんの演奏を

聴きに横浜へ。

椿三重奏という美しすぎる楽団の演奏を聴き

最近の時世のストレスから癒され

芸術の力を目の当たりするのでした。

その後KITTEに移動してグラビティフリーさんの

ライブペイントを

見るのだけどそれはもう圧巻!!

かっこよすぎる。そしてやりたい事はなんだろう

と思いながら彷徨った夜に光ったライブペイントを思い出すのでした。ライブペイントを見ていなかったら画家になっていないかもしれない。

当時からグラビティフリーさんはとても目立っていたけれど昨日もまた素晴らしかった!

再会ありの、出会いありの

こんな素敵な機会を作ってくれる

みさとさんに感謝すぎる。

わたしほんとにいい作品つくりたい!!!!


インフォキュリアス

 学校生活に戻り新しい学年は

1人になったようで淋しい気持ちだったけど

自分で選んだ事。しかもいろいろ気がすんで

何をするのか真剣に考えるようになった。


当日興味があったのは80年代のNewYork、

バスキアやウォーホルが

いたその頃にとても興味があったと思う。


学生時代は特に人の顔の表情を通じて

感情を表す事に

はまっていたし、壁にも描いてみたいななんて事を

思うようになっていた。


学校では1人だと思っていたけれど

後で考えると研究室の先生、

谷口先生と研究室の仲間は優しくて

本当にたくさんの優しさをくれたなあと

つくづく思う。

思いつきと好奇心で暴走する大迷惑な

学生だったのに

本当にめぐまれていたと思う。


課題や学生展示とか

重ねていくうちに展示に誘ってもらえるように

なってきてある時インフォキュリアスという

麻布十番のbarで展示する事となる。

これが記憶する最初の個展というか

印象的な場所だった。

人に合わないと展開のない時代。

今考えると、ほんとに効率悪いけど

それなくして画家になる事はなかったんじゃないかな。白い壁よりbarやcafeを好み、そこで描いていた

ライブペインターを見てわたしは今のスタイルができてきている事に活動が10年ほど経って改めて感じている。

また得意の遠回りだけど

やっとわたしの居場所を思い出した。






2022年2月16日水曜日

色鉛筆

 高校時代は、なんとなく絵に触れていたかった。

そしてわたしの家族は自由をとても尊重してくれていて

ありがたい事だったけれど

その自由によってわたしは

無限に広がる自由の中へと突入する。

いつもとても感謝している。けれど

自由を熱望していた両親

を不自由にさせてしまっているんじゃないかと

思ってしまう事と、自由と暮らしの間で葛藤し、果たして自由ってなんなんだろうと考える時も何度かあった。

そんな高校生のわたしに、父の友人の画家の村田先生に

絵を習わせてくれた。美しい絵画に

美しいモチーフ。今思えば本当に素敵な環境すぎる。今では村田先生のところで描いていた事だけで充分わたしのやりたい事に辿りついていたかもしれない。

だけど自由を認められた高校生のわたしは

見たことない事が見たくて仕方がない。

綺麗で安全な事が当たり前になりすぎていた。

そして夏と冬と東京に講習を受けにいかないと

いけない事がきっかけで、

まだまだ未熟で野生的な慣れ親しんでる

同学年といたいという気持ちがまさり

辞めてしまう。

その後わたしは現役で東京工芸大学の芸術学部のデザイン科に入学すると

村田先生は色鉛筆をお祝いにくれたのでした。

学生になったわたしは

さらなる自由あるいは自然を求めてバリ島に

大学の友達と出かけ、張り切ってその色鉛筆を

持っていくと、飛行機の中に置いてきてしまう。


この出来事はわたしを一段と自由のジャングルへと

迷い込ませることになった。


2022年2月13日日曜日

1人旅

 慣れ親しんだ環境を離れて

便利や安全から離れたい。

今までの常識から解放されて

何もない私。

そうなった時の自分がどうなるのか

知りたい。という謎の欲求が付き纏う大学時代。

わたしは留年をする。

人生に負荷をかけたかったのかもしれない。

重みがなければ制作なんてできないんじゃないかと思ってた。

その感情がピークに達する頃

1人でタイに旅行にいく。

バックパッカーをしたかった。それも1人で

それなにり楽しかったし観光も楽しんだけれど

その時気づいてしまった。なにもないと

どこにもいても変わらないなって事に。

決定的な事件は、海に行こうとツアーを

申し込みに行った時、中学の先輩に出会う。


タイへ1人で行った事をきっかけに

旅はやっとわたしの内側に向いた。

自分のやりたい事と向き合ってから

出かけよう。


学生集まる最終章

 って大袈裟なタイトルだけど

集まらないと人が見えない

最後の学年なんじゃないかな。

大学入った頃はPHSあったかな?

でも自宅電も持ってた。

デザイン科だったけど

パソコンが日常的になったのは社会人になってからだったと思う。

あまりに自然にPCが生活に入り込んできて

大学時代からデジタルだった錯覚を起こすけど

みんなの事がなんとなくわかるみたいな

事ってまだ15年も経っていないんじゃないかな。

全ては見に聞きに出歩かないといけなかった学生時代。

そしてこの行為は

さらなる自由を求めて

お酒を飲み話しさらなる深い自由ジャングルへと

迷い込む事になるのでした。