東日本大震災から10年。
2021年3月11日木曜日
東日本大震災から10年
2021年3月1日月曜日
春の前の寒さの深さ
2021年2月10日水曜日
京橋を歩く
最近は京橋にある会社の中にあるカフェ
に展示する絵を作成する予定があって、
今日は京橋のビルに展示する壁の採寸に行ってきた。
気づけば、ずいぶん東京駅の付近に住んだり
仕事したりしている事を思った。
初期に荻窪や中野や神奈川だけど川崎に住んで
暮らした東京とはまた東京に対する
感じ方はずいぶん変わったと思う。
ちょっと仕事と別件で飲みたいなと思う事があって
飲みながら裏道を歩いていたら
橋と川に出会う。高いビルの麓には
川がすぐ近くで流れていた。
神田川もそうだけど、土手とかって少しづつ
人間が安全なように高くしていってるだろうし
その前は本当、すぐ近くが水だったんだろうな
とか思った。
今日の気分とその眺めにアルコールが
混ざったせいか
なんか儚さと美しさみたいな
感覚。
Manuharleo
Manuharleoはわたし神山麗子と相方の中村雅人
(マサヤン)が2人の総称を2人の中で呼ぶ時の名前なのです。マサヤンがトランペットの近藤等則さんにマヌーという
名前をつけられた事があるという話と
マサヤンが私をレオと呼ぶ事が始まりで
意外と便利に使っています。
実は2人は11年一緒にいるようで、
最近ようやく冷静にマヌハレるようになった気がする。 やっぱりそれまでは
それぞれの過去の介入は否めなく、
まさやんw/れいこ か れいこw/まさやん
の図が基本的だったと思うのです。
お互いに視野を広めた感は
あるんだけど、
今後深くそして丁寧にマナハるために
わたしはフルートをはじめてみました。
昔ヴァイオリンをやっていたから、
ヴァイオリンにすれば。という感じなのだけど
マサヤンの金のフルートの使用許可が出たから
1から始めてみようと日々音楽についても深めようと
試みてます。何しろ、わたしのアートのテーマは
colorsoundsだし、きっとこれは神山麗子にもポジティブなはず。
ひとまず今はマナハール先生とレオ生徒という
ところなんだけど、一歩づつ。
2020年7月22日水曜日
JANGLE TOKYO
いつまで続くのかな。
しばらく家族に直接会えないのは
寂しいけれど、
わたしの生活は東京にいた方が
ジャングルにいるかのように
激しく動くのです。
朝日と共に起きたら動きまくって
自転車で
海の隣の坂を2つ登る頃には青春としか思えない感覚。
自転車を走る脇には海、蝶々、飛行機、
青空、ワイルドな草花、転がる虫!!
!!!!
そして夜は夕日を眺めて
一刻も早く寝る。
敏感になっていたりするのだけど、
こんなジャングル風な生活はとても前向きになる。
運動が大事なのももちろんだけど、
小さくても野性的な自然を感じてると
調律されるのかもしれない。
震災の時わたしは、
とても無力で意味がない事がたくさんあったと思う。
実力と運命と自然に逆らわない事が
わたしの今できる事なんだと
海の脇で小さな私と対談しては
今日の仕事に取り組むのです。
2020年6月7日日曜日
日常を暮らすってすごい。
その為なら、少し大変でも頑張れる。
アトリエ通いは
バスを利用してたのだけど
バス。。。。
以前空いていた時間にも人がたくさんいる。
この二ヶ月、ソーシャルディスタンスって大騒ぎしてた世間とは
全く違った空気が存在している。
黙っているからいいのだろうけど、
何かあっても急には出られないから
わたしは乗らない人になる事にするべく
自転車を買いました❤️
♪♪
今週は引きこもり生活から復活へむけて微調整に成功。
2020年6月2日火曜日
アトリエ再開
一ヶ月以上過ぎているけれど、
コロナ初期の頃の神経質な状態にも
だんだん慣れて、もちろん注意しながら
慎重にでも楽しむ事を忘れないで生活して
いるうちにアトリエに再び通う事ができる
ようになった。
電車もバスも久々で
それは、前とは違った感覚だけど
城南島のアトリエに向かう眺めは
いつもより増して気持ちがよい。
もちろん、ちゃんと気を付けるけど
わたしはやっぱり、ここに通いたい。
それが、わたしの今1番やりたいこと。
だから、ちゃんと免疫強化がんばります。
個人的には、この免疫強化の時間分
忙しくなった感じがあって、まだまだ
手広く活動するのは、難しいと思っていて、
無理するのは、ほんと
自分だけの問題じゃないなと
言う事を、
コロナから考えさせられてる。
自分がやった方がいい事とか
今、大事な事とやるべき事を理解して
いく事も すごくすごく
体にも大事だし、きっと地球にも
大切なのではという考えが
とまらない。
作業できる時間は短くなったけれど
その分がんばるぞーーー!
アトリエに通える幸せ❤️を感じる
この感覚。たまらない。
