2021年3月11日木曜日

東日本大震災から10年

 東日本大震災から10年。


3.11の今日は城南島で制作していて
14時頃に屋上で書いている。

穏やかな海の脇を通ってスタジオに来たけど
穏やかな海は、10年前の今日人間には敵わない
恐ろしい海の姿に変貌した事は
決して風化してはいけないていう
空気に屋上では少し近くに触れられる気がする。


黙祷を。

同時に家族が震度6強の地震に
2度も遭い、ひびが入った建物や
倒壊した墓地を目にしたわたしが
思う事は
どこにいても同じ事が起こる可能性が
考えられるってこと。

綺麗な日本の街にいると
つい のんびり恐怖と かけ離れて
いるかと思ってしまうかもしれないけれど

郡山だって昔は地震に強いと言われていたし、
実際 郡山に住んでいる頃の地震の記憶は
震度4位の地震に驚いて祖母がテーブルに隠れた
記憶くらいしか覚えていない程度。

今では震度4くらいでは
驚かない。

ちょっと話しは それるけど、
よく旅行のガイドブックに海外のスリについて
書かれていて海外行く時には 皆気をつけると思う、
それとは逆に
日本では財布が戻ってきます
なんてアピールがあったりする。

だけど、わたしの人生で
スリにあったのは日本でしかないし、
落とした財布を拾ってそのまま警察に
届けてくれたのは
中国人だったことしかない。


汚い事に蓋をするかのような
綺麗な街に住む事は一見快適なように
思えるけど、
自然に人間は敵わないし
綺麗な事だらけというのがそもそも不自然
で汚い所も含めて自然というか
片一方だけじゃないという感覚。
もちろん人間も自然の一部だから
いろいろとあるし。

まだまだ、被災の傷跡が残る中
いろんな
場所で地震が起こっていたり、
感染症の問題まで抱えていたりと 
不安定な気持ちが続くのかもしれない

自然と共に暮らす
人間の私は常に
本来の多面的な自然を感じて生きるのを
大切にして
自然の一部として人間の感覚を
磨かないと不安や恐怖に負けてしまう。

でも磨いたらなんとかなるんじゃないかなとか思って自分に励ますのでした。







2021年3月1日月曜日

春の前の寒さの深さ

今日は本当に温かくて
ギャラリーを回っていたけど
ちょっと厚着をしてきたみたい。
電車が暑いくらい。

昨日はその分ほんとに寒くて
それは気温だけの問題じゃないような。

今月の14日に郡山では再び
地震が起きて1度父母の様子を
みに郡山に1度行きたいのにいけない
フラストレーション。コロナは全くもう。

しかも3月になったら少し忙しく
なるからスケジュールとの
戦いも始まるし気持ちだけが
前のめりの感じ

そして地震と共に以前の地震の
時の事柄を思い出して
少し重たい気持ちになるという。

それなのに実際地震にあった父母は
元気そうにするから、
頼むから無理しないでほしいよー。
わたしが落ち込みやすいのか。

そんなこんなで最近の
寒い日の寒さは春だけど深く感じる。

ほんといろんな事に
考えすぎるけど
一日一つでも
いいから何か進もうという気持ち。
もう、ほんと欲張らない。
だけど落ちすぎないで
一個やればよいとして。

落ち込んでも1個動いてたら
少なくても元気な時に何もしない
自分に落ち込む事はない。

さて今日も少しは動いたし金華堂で
新しいクロッキー帳でも買って帰ろう。

金華堂さんに特別にお願いした
厚いパネルキャンパスが仕上がってて
テンションあがる。
最近このパネルが定番化してる。